器の始まりから、終わり方までを記した一枚
寄附行為は、たいてい規定集のいちばん最初に置かれている。理事や監事、評議員の構成や任期、選任の方法を確かめるために、実務のなかで開かれることも少なくない。人事の季節になれば、定数や任期の条項を指でたどった経験のある人もいるだろう。その意味では、決して縁遠い文書ではない。
ただ、必要な条文をその都度引くことはあっても、寄附行為を一つの文書として通して読み、それが結局のところ何を定めているのかを捉え直す機会は、案外少ないのではないだろうか。条文の森のなかから一本の枝だけを引き抜いて、また閉じる。それが日常の使い方である。けれども、そこには法人の根本が書かれている。寄附行為は、学校法人がどういう器であるかを定めた、根本の文書である。 制度を読み解く第5章では、まずこの設計図を、全体として開いておきたい。
寄附行為という設計図
寄附行為は、一般の法人でいう定款に相当する。学校法人の根本規則であり、その法人が何者であるかを言葉で定めたものである。名前のなかに「寄附」とあるのは、私財を投じて学校を興すという、この器の成り立ちを映している。
名称、目的、設置する学校。法人の存在の輪郭が、この文書に記されている。そして法は、寄附行為を作り、所轄庁の認可を受けることを、学校法人が成立するための条件としている。文書が認められて、はじめて器が世に立つ。器は、寄附行為という一枚の設計図から始まる。 日々の経営の営みは、意識されないままに、すべてこの文書の上に乗っている。
機関の骨格
寄附行為は、理事会・監事・評議員会という機関の骨格を定めている。誰が、何人で、どう選ばれ、何を決めるのか。機関の構成と権限が、ここで具体的な条項になる。組織図の一つひとつの箱は、もとをたどればこの文書の条文に行き着く。
ガバナンスの土台は、抽象的な理念として宙に浮いているわけではない。寄附行為という文書に書き込まれて、はじめて形を持つ。理事会の定数も、監事の選び方も、評議員会の役割も、もとをたどればこの一枚に行き着く。誰がどの権限を持つのかという、ふだんは暗黙のうちに動いている力の配分が、ここに明文として置かれている。ガバナンスは、寄附行為に記されてはじめて動き出す。
財産と会計の枠組み
寄附行為は、財産と会計の枠組みも定める。資産の扱い、会計年度、基本財産のあり方。器の中身を、どう保ち、どう動かすかの枠が、ここにある。
経営の自由は、この枠の内側で行使される。何にどう使うかは法人の判断に委ねられているが、その判断が動く範囲そのものは、寄附行為があらかじめ定めている。枠があることを窮屈と感じる場面もあるかもしれない。けれども、枠のない自由は、よりどころを持たないままさまよいやすい。自由は、枠があるからこそ、輪郭を持って働く。
解散という出口
寄附行為は、始まりだけでなく、終わり方も定める。法人が解散したとき、残った財産がどこへ行くのか。ふだんは考えたくない問いだが、器の性格は、この終わり方にこそ最もはっきりと表れる。
私立学校法は、残った財産を私的に分配することを許さない。残余財産の帰属先は、学校法人その他教育の事業を行う者のうちから選ばれる。寄附行為に定めがなければ国庫に帰属し、国庫に入った財産は私立学校教育の助成に充てられる。もっとも、実際には寄附行為であらかじめ帰属先が定められているのが通常で、国庫への帰属は、それを欠いた場合の最後の受け皿である。いずれにせよ、築いた財産は、外へ持ち出されるのではなく、教育という営みのなかに還っていく。解散の条項に、学校法人の公共性が最もはっきりと現れる。
変えにくさという安定
寄附行為は、簡単には変えられない。変更には、所轄庁の認可が要る。法人の意思だけで、根本規則を自由に書き換えることはできない。
一見、これは機動性を欠く仕組みに見える。時代に合わせて素早く動きたい場面では、もどかしさを感じることもあるだろう。だが、根本規則が軽々に書き換えられないことは、法人が場当たりに揺らがないための、安定の根拠でもある。自主性と公共性の均衡は、ここにも働いている。変えるには、公共のチェックを通す。その手続きの重さが、器を器として保っている。寄附行為の変えにくさは、学校法人の背骨の重さでもある。
自分の法人の寄附行為に、いま何が書かれているか。すべてを諳んじている人は、そう多くないかもしれません。けれども、器の始まりと終わりを定めたその一枚を一度通して読み返してみることが、足もとの制度を自分の言葉で捉え直すきっかけになるのではないでしょうか。
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