積むべきだとわかっていても、積み上がらない
学校法人の決算を眺めていると、資産形成という言葉が、どこか遠い理想のように響くことがある。将来に備えて積み立てておくべきだ。それは誰もが頭ではわかっている。けれども、いざ年度の収支を組み立てる段になると、積立に回せる余地は驚くほど小さい。来年度の予算編成で、特定資産への繰入をどこまで確保できるか。その一行をめぐって、毎年のように頭を悩ませている法人は少なくないはずである。
資産形成は、学校法人が長く続いていくうえで避けて通れない課題である。にもかかわらず、積むべきだとわかっていても積み上がらない、構造的な事情がある。今回は、その「積み上がらなさ」がどこから来るのかを起点に、学校法人の資産形成という営みを静かにほどいてみたい。
積めない現実という出発点
まず確かめておきたいのは、資産形成が難しいのは、誰かの怠慢のせいではないという点である。
授業料収入は、学生・生徒の数に依存して変動する。補助金は、外部の財政状況や政策方針に左右される。収入の側は、法人の努力だけでは安定させきれない要素を多く抱えている。その一方で、人件費をはじめとする固定費は、容易には下がらない。教育は人の手で成り立つ営みであり、支出の多くはあらかじめ決まった形で出ていく。収入の不安定さと、支出の固定性。この二つが重なり合うなかで、資産を積み立てる余力は、構造的に生まれにくい。 黒字の年でさえ、その差額は手元の運転資金に吸い込まれ、積立まで届かないことがある。
積まなければならない理由
それでも、なぜ積まなければならないのか。
答えは、将来に必ず発生する支出が、その年の収入だけでは賄えないからである。退職金は、教職員が在籍しているあいだに少しずつ引当金として積み続け、退職のときにまとめて支払われる。施設や設備は毎年少しずつ古くなり、いつか必ず更新の費用を必要とする。どちらも、ある年に突然降ってくる出費ではなく、時間をかけて静かに近づいてくる支出である。こうした支出は将来に発生するが、その備えは現在の経営のなかに積まれていなければならない。 資産形成の目的は、将来の支出と現在の資金を、時間の軸でつなぐことにある。いま積むことは、未来の自分たちへの送金のようなものである。
基本金という義務的な積立
この理由を踏まえると、学校法人の資産形成が二つの層に分かれている事情が見えてくる。
一つ目の層は、基本金組入である。学校法人会計基準のもとで、法人は固定資産を取得したときや、計画的に資金を確保する際に、その額を基本金として計上することが求められる。ここに、積むかどうかを選ぶ余地はない。基本金は、制度の要請として組み込まれた積立である。 第1号から第4号まで、それぞれ性格は異なるが、法人の裁量より先に働く仕組みであるという点では共通している。いわば、資産形成の土台に、あらかじめ敷かれた一段である。これがあることで、最低限の備えは制度として担保されている。
特定資産という意志の積立
二つ目の層が、特定資産の積立である。
こちらは、法人が自ら目的を定めて積み立てる、意志的な行為である。退職給与引当特定資産、減価償却引当特定資産、修繕引当特定資産。名称のなかに目的がそのまま書き込まれているように、どのリスクに備えるのかという判断が、積立という形になって現れる。何にいくら備えるかは、その法人が将来をどう見ているかの表れでもある。
基本金組入が制度の求めに応えることであるのに対し、特定資産の積立は、将来の支出を現在の決定として引き受ける行為である。義務として積む層と、意志として積む層。この二つ目の層の厚みにこそ、その法人の経営姿勢が静かに映る。制度に従うだけで止まるのか、その先へ自らの判断で踏み出すのか。同じ決算書でも、ここに法人ごとの個性が出てくる。
積立が示す時間軸
積めない現実があり、それでも積まなければならない理由があり、積み方には義務の層と意志の層がある。こうして構造全体を見渡すと、資産形成が単なる財務管理の話ではないことがわかってくる。
特定資産の薄い法人は、将来の大きな支出に直面したとき、それを支える根拠を財務のなかに持たないことになる。そのとき頼れるのは、借入か、目の前の資金の取り崩しか、あるいは事業そのものの縮小かもしれない。逆に、毎年わずかずつでも積立を重ねてきた法人には、いざというときに踏みとどまるだけの厚みが備わっている。積立の連なりが、持続性の実質をかたちづくっていく。「何のために積むのか」という問いへの答えが、その法人が未来をどう引き受けようとしているのかを示している。
積立に回せる金額そのものは、年によって大きくはないかもしれません。それでも、わずかな繰入を続けるという地味な選択の積み重ねが、いつか訪れる支出のときに、組織を静かに支えてくれます。資産形成とは、いまの一年と、まだ見ぬ将来の一年とを、細い糸でつないでいく営みなのではないでしょうか。
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