制度があることと、支払い続けられることは別である
学校法人に長く勤めてきた人にとって、退職金は在職の年月そのものの積み重ねとして意識される。一年、また一年と勤めるほどに積み上がり、退職のときにまとまって受け取る。その仕組みは、多くの人にとってごく当然のものとして受け止められている。給与明細にこそ表れないが、心のどこかで、これまで働いてきた時間の裏づけのように感じている人も少なくないだろう。
けれども、その退職金が「どのような構造で支えられているのか」を意識する機会は、それほど多くないかもしれない。前回は、学校法人における「持続性」という概念を整理した。今回は、退職金制度という具体的なテーマを通じて、その持続性との関係を静かに見ていきたい。退職金は、教職員と組織との約束のなかでも、もっとも長い時間をかけて積み上がっていくものだからである。
「引当」と「積立」の違い
退職金に関わる会計処理として、「退職給与引当金」という項目がある。
これは、将来支払うことが見込まれる退職金の額を、現時点の負債として計上したものである。毎年度、在籍する教職員の勤続年数や退職金規程にもとづいて計算され、財務書類に反映される。帳簿の上では、将来の支払いがきちんと見込まれていることになる。
ただし、引当金はあくまで会計上の負債の計上にすぎない。その金額に見合う現金や資産が、必ずしも手元に用意されているとは限らない。一方で、「特定資産」として、実際に資金を積み立てている場合がある。退職給与引当金に対して、どの程度の特定資産が積み立てられているか。この積立率が、制度の実態を読むうえでの一つの手がかりになる。引当金が計上されていることと、その退職金を実際に支払える状態にあることは、同じではない。 この点を静かに理解しておくことが、制度を構造として捉えるための第一歩である。
退職金の支払いフローと特定資産の役割
学校法人の退職金には、外部の共済制度を活用しているケースが多く見られる。
一般的な傾向として、大学・短期大学の教職員は日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)の退職金共済制度に、幼稚園・小学校・中学校・高等学校の教職員は各都道府県の私立学校退職金財団等に加入しているケースが多いとされる。ただし、都道府県や学校種別によって、制度の仕組みや名称は異なる。ここはあくまで大づかみの傾向であり、自法人の実際の加入先は個別に確認したい。
実際の退職金支払いの流れとしては、法人が特定資産等からいったん退職金を支払い、その後、加入している共済制度から還付を受ける形が一般的である。この構造が意味するのは、還付を受けるまでのあいだ、法人が自前の資金で立て替える必要があるということである。共済から戻ってくるとはいえ、出ていくのが先で、戻るのが後。そのあいだの資金は、法人自身が用意しておかなければならない。特定資産の積立が十分でなければ、退職者が出るたびに資金繰りの圧力が生じる可能性がある。定年退職が特定の年度に重なれば、その負担は一時的に大きくふくらむこともある。経常収支が安定しているように見えても、退職金支払いのタイミングで資金に影響が出ることは、決して珍しくない。これは、持続性を考えるうえで見落とされやすい視点の一つである。
制度を維持することの難しさ
退職金制度は、一度設けると、変更することが容易ではない。
在籍する教職員の退職金請求権に関わるため、制度の見直しには慎重な手続きが求められる。働いてきた人にとっては、将来受け取れるはずのものであり、その期待を軽々に動かすことはできない。組織内での合意形成も、簡単ではない。
一方で、入学者数の減少が続き、法人の財務余力が縮小していくなかでは、現行の退職金水準を将来にわたって維持することが難しくなるケースも考えられる。規程の上に制度が載っていることと、その制度が実際に機能し続けることのあいだには、財源という確かな裏づけが要る。制度が存在することと、制度が将来にわたって機能し続けることは、別の問題である。 特定資産の積立不足が続けば、退職金の支払いがいずれ将来の財務を圧迫しかねない。そしてそれは、これから働く世代に対する制度の維持にも影を落とす。いま働く人の安心が、知らないうちに将来の世代の負担に付け替えられている、という構図も起こりうる。こうした連鎖は、単年度の財務指標だけを見ていては気づきにくい、構造的な問題である。
教職員にとっての確認の視点
退職金制度の実態は、公開されている財務書類から、一定程度は確認することができる。
学校法人の財務書類(貸借対照表・資金収支計算書・注記等)には、退職給与引当金の額や特定資産の状況が記載されている。これらは、所轄庁への届出資料として公開されている場合がある。自分の働く法人が、退職金をどのような財源の上に置いているのか。その輪郭は、思っているよりも見えるところにある。
ただし、財務書類の読み解きには一定の知識が必要であり、数字だけで全体像を判断することには限界もある。だからこそ、まずは制度の概要を理解したうえで、自法人の状況に関心を持つこと。そして必要に応じて、適切な情報源にあたること。それが、制度への向き合い方として、現実的な一歩になる。 不安を煽るためではなく、自分の足もとを静かに確かめるために、である。
制度の持続性という視点
退職金制度は、在職の年月を通じて、静かに積み重なっていくものである。けれどもその構造は、引当と積立の関係、支払いのフロー、財源の持続性といった、複数の要素によって成り立っている。表からは一つの「制度」に見えても、その内側にはいくつもの歯車がかみ合っている。
制度があること、それ自体は大切である。同時に、その制度がどのような財務的基盤の上に置かれているのかを知ることもまた、自らの立場を静かに考えるための視点になる。前回見たとおり、持続性とは時間のなかで現れる性質であった。退職金制度は、まさにその時間の上に積み上がる約束であり、持続性という言葉は、この制度にもそのまま当てはまる。
何を確認し、どう考えるか。その答えは、人それぞれの立場によって違ってよいのだと思います。大切なのは、退職金を当然のものとして受け取るその手前で、それを支える構造に一度だけ目を向けてみることなのではないでしょうか。
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