これまで、学校法人の財務の構造を整理してきた。経常収支差額、固定費、補助金の構造。数字は、ある程度まで見えるようになってきた。
それでもなお、「課題は分かっているのに、変わらない」という壁に突き当たることがある。会議では誰もが問題を認めている。なのに、年が明けても、状況はほとんど動いていない。
なぜ、数字は動かないのか。その背景には、財務そのものではなく、組織のかたちの問題が横たわっていることがある。
数字は結果である
財務の指標は、経営の状態を映す大切なサインである。しかし、それはあくまで結果にすぎない。
経常収支差額の悪化も、固定費の重さも、補助金比率の変化も、もとをたどれば、いくつもの判断の積み重ねの末に表れたものである。だから、数字だけをいじって直そうとすると、どうしても表面的な対応にとどまる。単年度の支出を抑えることはできる。だが、それが続く改善になるかどうかは、判断の仕組みそのものにかかっている。
財務は症状であり、原因は組織のなかにもある。 熱だけを下げても、風邪そのものが治るわけではないのと同じである。
合議制という特徴
学校法人の意思決定は、多くの場合、合議制を土台としている。理事会や評議員会など、複数の立場が関わりながら方向を定めていく。慎重さと透明性という点で、これは大切な仕組みである。
一方で、責任の所在が散らばりやすいという面もある。「誰かが反対しているから進まない」「全員が賛成する案しか通らない」。そんな状態が続くと、いつのまにか、いちばん波風の立たない選択——つまり現状維持——が選ばれやすくなる。「もう少し検討しましょう」という一言は、丁寧で誠実に響く。けれど、それが何度も重なるうちに、決めないことがいつのまにか既定路線になってしまうこともある。
これは、関わる人が怠けているからではない。みんなが真面目に役割を果たしているのに、構造としてそうなりやすい、という話である。まずはその傾向を知っておくことが、出発点になる。
情報の非対称
もう一つの要素は、情報がどこまで共有されているか、である。
財務の資料や将来の見通しが、どの範囲まで届いているか。経営の側と日々の業務の側とのあいだに、どれくらいの温度差があるか。危機感が共有されていなければ、改革の必要性も伝わらない。逆に、数字だけが断片的に流れると、中身の見えない不安だけが先に広がってしまう。同じ決算書を見ても、見慣れた人には危険信号に映り、そうでない人にはただの数字の並びに見える。この見え方の差こそが、温度差の正体であることは少なくない。
判断の質は、情報の流れに左右される。 どの情報が、誰に、どんな形で届いているのか。それを確かめることは、財務を分析するのと同じくらい大切なことである。
数字の向こうにあるもの
学校法人の課題は、数字に表れる。けれど、数字だけを見ていても、根っこからの変化は起きにくい。
財務の改善と同じ手で、判断の流れと情報共有の仕組みも見直す。組織のかたちを知ることは、誰かの責任を問うためではない。構造が見えると、行きすぎた楽観も、必要以上の悲観も、どちらも手放せるようになる。
課題が分かっているのに動かない——その歯がゆさは、たいてい誰か一人のせいではなく、仕組みのかたちから来ている。だとすれば、責める相手を探すより、どこで流れが滞っているのかを、一緒に眺めるほうがいい。数字の向こうにある仕組みを静かに見つめ直すこと——それが、変わらなさを変えていく、いちばん地味で確かな一歩になる。
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