監事の機能は何を担っているのか

石造りのアーチが続いている

学校法人の役員名簿には、必ず「監事」の名がある。けれど、日々の運営のなかで、その姿を意識する場面は、そう多くないかもしれない。理事会の議論や現場の業務に比べると、監事の動きは、どうしても見えにくい。そのぶん、「監査をする人」「年に何度か書類を確認する人」といった、ぼんやりした印象にとどまりやすい。

けれども、監事は単なる確認者ではない。学校法人の経営構造のなかで、はっきりとした位置を占める存在である。本稿では、制度の解説としてではなく、構造の観点から、監事の機能を整理してみたい。監事の役割は、経営を動かすことではなく、経営が正しく動いているかを、外から見届けることにある。

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経営を動かさない立場

まず確認しておきたいのは、監事は理事とは異なる立場にある、ということである。理事は、法人の意思決定を担い、経営を方向づける役割を持つ。一方、監事は、その意思決定や業務の執行が適正に行われているかを監査する立場にある。

監事は、経営を直接動かす存在ではない。 そして、この「動かさない」という性質こそが、監事の機能を理解するうえで欠かせない。意思決定の内側ではなく、外側に立つ。その一歩の距離が、役割の本質を形づくっている。当事者として前のめりになる立場では、見えなくなるものがある。少し離れているからこそ、見えるものがある。

意思決定の外側からの視点

前稿で整理したガバナンスの構造は、意思決定の正統性、情報の透明性、責任の所在によって支えられていた。監事は、その構造のなかで、意思決定の過程を外側から確認する役割を担う。

決定の内容そのものが正しいかどうかを判断するというより、その手続きが適正に踏まれているかを確かめる。議論は十分に尽くされたか。情報は適切に提示されていたか。規程や法令に照らして、無理はないか。監事の視点は、結果そのものよりも、結果に至る過程に向けられている。 それは、経営判断の是非を競う立場とは、はっきり異なる。良し悪しを採点するのではなく、決め方が健全かを見るのである。

抑止ではなく、逸脱の防止

監事という言葉には、ときに「不正を暴く」という強い印象が伴う。確かに、問題が生じたときには重要な役割を果たす。しかし、監事の機能は、不祥事への対応だけに限られるものではない。

むしろ本質は、逸脱が起こりにくい構造を保つことにある。誰かの意図的な不正を前提に置くのではなく、判断が偏らないようにすること。議論が十分になされるようにすること。監事という存在があること自体が、組織のなかに、ほどよい緊張を生む。その緊張は、対立のためではなく、健全性を保つためのものである。 見られているという意識が、自然と襟を正させる。それは、誰かを疑うこととは違う。

機能が見えにくい理由

監事の役割には、成果として可視化されにくい側面がある。問題が起きなければ、その活動は表面に出てこない。理事会の決議が適正に進み、法人の業務が安定しているとき、監事の存在は静かなままである。

しかし、それは機能していない、という意味ではない。むしろ、何も起きていない状態こそが、構造が安定している一つの証であることもある。 火事が起きないことは、防火の失敗ではない。見えにくいけれど、土台を静かに支えている。監事の役割には、そうした性質がある。だからこそ、目立たないことを理由に、その意味まで小さく見積もってしまわないようにしたい。

監事という「支点」

学校法人は、理念と経営、教育と財務という、複数の軸の上に成り立っている。理事会が方向を示し、現場が日々の教育活動を担う。学生・生徒と向き合う時間が積み重なっていく、そのかたわらで、意思決定の過程を確認する存在があること。それは、組織にとって一つの支点になる。

監事は、前に出て組織を動かす役割ではない。けれど、構造の歪みを早い段階で捉え、軌道を保つ位置にある。抑止の装置なのか、それとも、健全性を支える静かな支点なのか。おそらく、その両面を持っている。日常の業務のなかで目立つことは少なくても、意思決定の正統性や責任の構造を支えるうえで、監事は確かに重要な位置にいる。ガバナンスを制度や規程の問題としてだけ見るのではなく、組織の構造として捉え直すとき、監事の役割もまた、違った輪郭を帯びてくる。見えにくいその働きに一度だけ目を向けてみることが、組織の土台を静かに確かめ直す入り口になるのかもしれません。

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