学校法人で若手教職員が辞める理由|組織構造から考える人材定着

石作りの回廊の向こうに光

ある日、若手の職員が、退職を申し出る。直属の上司も、まわりの同僚も、どこかで予感していたのか、それとも寝耳に水だったのか。引き継ぎの段取りを整えながら、頭の片隅で同じ問いがくり返される。なぜ、辞めてしまったのだろう。

学校という職場は、人の入れ替わりが激しい世界ではない。長く勤める人が多く、一人ひとりの顔が見える。だからこそ、若い人が静かに去っていくとき、その理由は「本人の事情」として片づけられやすい。家庭の都合、キャリアの選択、たまたまの縁。確かに、そういう面はある。けれど、一定数の若手が続けて離れていくとき、そこには個人の事情だけでは説明しきれない何かがある。人が辞めるのは、気持ちの問題に見えて、その実、環境の問題であることが多い。 この回では、若手の離職を、誰かの心変わりとしてではなく、組織の構造の現れとして読み解いてみたい。

目次

離職は「感情」ではなく「環境」に宿る

辞めていく理由は、人によってさまざまである。待遇のこと、家庭のこと、これからの生き方のこと。一つひとつは、確かに個人の事情である。

それでも、同じ職場から若手が続けて抜けていくとき、個人要因だけでは説明がつかない。多くの場合、その背景には、意思決定の見えにくさ、評価の基準の曖昧さ、将来像の描きにくさといった、組織の側の事情が横たわっている。本人は「自分には合わなかった」と語るかもしれない。けれど、合わなかったのは人ではなく、その人を支えるはずの構造だった、ということがある。

人は、理念だけで長くは働けない。やりがいや使命感は、確かに人を動かす。だが、それが日々の不安を打ち消してくれるわけではない。安心できる構造があってはじめて、人は腰を据えて挑戦できる。 足場が揺れていれば、前に踏み出す一歩はどうしても重くなる。

将来像が描けない組織

学校法人は、合議制を土台とする組織である。複数の立場が関わりながら、慎重に物事を決めていく。その慎重さ自体は、大切に守られてきたものである。

一方で、意思決定の流れが外から見えにくい状態が続くと、働く人は自分の将来を思い描きにくくなる。中期計画が掲げられても日々の運営とつながっていない、人事の方針が共有されていない、何をどう積み重ねれば次の役割に近づくのかが示されていない。こうした状態が重なると、「自分はこの組織で、これからどう育っていけるのか」という問いに、答えを見つけられなくなる。

入って数年の人にとって、これは小さな問題ではない。先が見えない場所にとどまり続けるには、それなりの覚悟がいる。そして皮肉なことに、自分の数年後を思い描けない場所では、力のある人ほど、先に外へ目を向けはじめる。 残ってほしい人から静かに離れていくのは、たいていこの理由による。

見られている、という実感の不足

もう一つ、見落とされやすい要素がある。評価と対話である。

自分の努力が、どこをどう見られているのか。組織は自分に何を期待しているのか。それが言葉にして伝えられないまま時間が過ぎると、人の内側には、小さな不安が少しずつ溜まっていく。叱られるよりも、関心を向けられていないと感じることのほうが、人を遠ざける。

とりわけ若い世代は、納得できる説明や、開かれたやり取りを大切にする傾向がある。これは、わがままでも、こらえ性のなさでもない。これまでのやり方が間違っているのではない。ただ、時代との接点が、少しずつずれてきている。 年に一度の面談を、形式ではなく、互いの考えをすり合わせる時間に変えていく。そうした地味な対話の積み重ねが、定着の土台を静かに支えている。

人の定着は、財務とつながっている

人材の流出は、いずれ財務にも表れる。

採用にかかる費用、育てるための時間、入れ替わりのたびに落ちる組織の生産性。数字は、あとから、遅れてやってくる。決算書の上で「人件費」や「採用費」として見えるころには、原因はもう、ずっと前から組織のなかで進んでいる。

学校という場の価値は、最後は人が支えている。学生・生徒と日々向き合い、関係を築いていくのは、その場に居続ける人たちである。だからこそ、財務の改善だけを掲げても、人が根づく土台がなければ、その数字は続かない。 人の定着は、福利厚生の話である以前に、経営の持続性そのものに関わる問題である。

組織の未来を守る視点

若手の離職を、「個人の選択」として一つずつ処理していくのか。それとも、続けて人が離れる事実を、組織のかたちからの問いかけとして受け取るのか。その向き合い方の違いが、数年後の景色を変えていく。

人の流出を構造から見直すことは、誰かを責めるためではない。これまで真面目に役割を果たしてきた人たちを、後ろから問いつめる作業でもない。意思決定の見えやすさ、評価や対話のあり方、将来像の示し方——そうした仕組みを、静かに点検し直すことである。

若手が辞めていく理由は、たいてい一つではありません。けれど、その背後には、その人だけの問題には還元できない、組織のかたちが必ず横たわっています。去っていった一人の背中を思い出すとき、責める相手を探すよりも、どこで流れが滞っていたのかを、そっと眺めてみる。この記事が、辞めていった一人の向こうにある構造に、目を向けるきっかけになれば幸いです。

ほかの記事は全記事一覧から。

目次