学校法人の固定費はどこまで見直せるのか|人件費を含む経営構造の現実

緑の中にある石造りのアーチ

経営の改善を考えはじめると、たいてい早い段階で「固定費」という言葉が出てくる。そして、その言葉には、どこか重い空気がついて回る。固定費を見直す、という話が、しばしば「どこを削るか」という緊張した響きを帯びるからだ。

前回、経常収支差額を軸に置くことの大切さを整理した。では、その収支差額を良くするために、実際に何へ目を向ければいいのか。

議論の中心に上がりやすいのが、固定費である。なかでも人件費は、学校法人で最も大きな割合を占める費用であり、同時に、最も扱いのむずかしい項目でもある。今回はその固定費という構造を、できるだけ冷静に、そして急がずに見つめ直してみたい。

目次

学校法人の費用構造の特徴

学校法人の費用は、一般企業と比べて固定費の比率が高いという特徴がある。

主なものは、教職員の人件費、減価償却費、施設の維持管理費、長期の契約にもとづく委託費などである。とりわけ人件費は支出の最大の割合を占めることが多く、組織の規模や教育の体制を、そのまま映し出している。減価償却費も小さくない。これは過去の施設投資の結果であり、収支を良くしたいからといって、すぐに動かせるものではない。むしろ、いま計上している償却は、いつか必ず訪れる校舎や設備の更新に向けた、静かな備えでもある。

つまり、これらの数字の向こうにあるのは、抜き差しならない人の暮らしと、いま使われている校舎や設備である。学校法人の費用は、「すぐに変えられるもの」がそれほど多くない——この前提から出発する必要がある。

固定費はなぜ簡単に動かせないのか

固定費が重いからといって、単純に削ればよいという話ではない。

まず、雇用の安定という大切な前提がある。教職員は、その年の収支に合わせて増やしたり減らしたりする存在ではなく、教育が途切れずに続くことと、直接に結びついている。

学年進行という構造もある。ある学年の在籍が一時的に減っても、翌年には別の学年が控えている。単年度の数字だけで人の配置を決めるのは、現実にはむずかしい。たとえば、ある年の入学が振るわなかったからといって、その学年だけ教える人を減らすわけにはいかない。残りの学年は、これまでどおり授業を必要としているからだ。

そして、教育の質との関わりも見落とせない。人を減らすことが、そのまま学生・生徒に向き合う手の数を減らし、教育の質を下げてしまうこともある。こうした制約のなかで、固定費は「削る対象」というより、「設計し直す対象」として捉える必要がある。

人件費は“削減対象”ではなく“設計対象”

人件費という言葉が、どうしても感情的な議論を呼びやすいのは、その数字の先に、いつも同僚の顔があるからである。

だからこそ、問いを「削るか、削らないか」に狭めない。大事なのは、いまの人件費が「どういう構造になっているか」を、まず正確につかむことである。

年齢の構成はどうなっているか。職階ごとのバランスは偏っていないか。教員と職員の役割分担は整理されているか。中長期の採用計画は描けているか。これらは、単年度で削る話ではなく、数年先を見すえた組織設計の問いである。今年いきなり変えるのではなく、退職や採用といった自然な人の流れのなかで、五年、十年をかけて少しずつ形を整えていく。設計とは、それくらいの時間の長さを持った営みである。人件費の水準だけを見るのではなく、その構造を見る。ここに、冷静さが要る。

固定費は、一朝一夕には動かない。だからこそ、感情で身構えるのではなく、構造で捉える姿勢が、かえって近道になる。

構造として捉え直す

経常収支差額を軸に、人件費を含む固定費と補助金活用のバランスを、少しずつ組み直していく。それは劇的な改革ではなく、地道な作業の積み重ねである。一気に身軽になろうとすれば、どこかに無理がかかる。その無理は、たいてい、いちばん弱いところ——授業の手厚さや、働く人の余裕——に向かう。

固定費は、学校法人の経営の中核にある。重荷であると同時に、教育を成り立たせている基盤でもある。単純な削減論に流れず、構造を理解し、時間軸を持って設計し直す。その積み重ねが、結果として収支差額の改善につながっていく。

不安や危機感が先に立つ局面こそ、数字と構造に立ち返りたい。固定費は、学校を重くする荷物であると同時に、明日の教育を支える土台でもある。だから、ただ軽くしようとするのではなく、どう組み直せばこれから先も持ちこたえられるかを考えたい。固定費を敵に回さないこと——そこから始める見直しだけが、誰かを追い詰めずに、学校の明日を少し軽くしていける。

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